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人格教育の普及

 近年、更なるインターネットの進化により情報に触れる機会が増加してきました。
 現代人が得られる1日分の情報は、縄文時代の一生分よりも多く、江戸時代でいう10年分?に値するという話もあります。
 
 SNSにより他の人と比べる機会が増え、神経をすり減らすような事が多くなってしまいました。人間関係に関するテクニックは調べればたくさん出てきますが、解決までの道が多すぎて、かえって迷ってしまうような状況です。そして、そのような状況はこれから先何年も続いていくでしょう。

 そんな中で、私は子供たちには自らの人生を
「人と比べることなく、堂々と自分らしく生きて欲しい」
と考えています。

 周りの状況に振り回されず、自分で人生を選択できる力をつけてほしい。
 ただし、次の日から簡単に生まれ変わって自身の価値観を一新できることはないでしょう。私が普及したいと考えているものは、それこそ定期的な教育プロセスが必要になるものです。
 具体的に簡単に言うと
 子から親への依存、又は親から子への過干渉を断ち切り、相手の事を心から理解し、自身を律していくことで少しずつ自分を鍛えていくというプロセスが必要になります。
 
 そして私が教えることに何一つ新しいものはありません。
 人格の要素は僧侶や宗教家が修行の体系として一部組み込んでいるものであり、あなたが生まれ持って持っている良心や社会の常識と深く結びついており、人それぞれ優先度が異なりながらも、その一部を内面に持っているものです。
 我々はそれをいつしか忘れてしまったり、意識的にか無意識にか、所属しているコミュニティの常識に流されて捨ててしまっているのです。このプロセスは、それらの中から自分に合ったものから拾い直す作業となるでしょう。
 
 もしかしたら初めて知る人格の要素もあるでしょう。義務教育で習うものでもないので、知らないことはしょうがないです。でも知らないなら、早めに知っておいた方がいいと思っています。なぜならこの自らの人格を鍛えるプロセスは生涯続いていくものだからです。

※以下は別ページかも?
 人格とはその人自身の価値の事です。
”無言の人格こそが最も有言”
という言葉があります。
 あなたがどう取り繕おうと、取り繕わなかろうと、あなたの人格は絶えず周囲に解き放たれています。身近な人は本当のあなたの姿を知っています。それこそが人格です。

 しかし、親であるあなたはどれだけ人格のことを知っているでしょうか?
 私は物好きでスティーブン・R・コヴィー博士の著書「7つの習慣」を見ているためある程度のことは知っていますが、我々は義務教育で人格のことを習う機会は無かったため、普通に暮らしている人々があまり知らないことはしょうがない事ではあります。
 しかし、絶対に必要な事です。

 対して、性格とはあなたが生まれ持って授かったあなた自身のキャラクターのことです。陽気な子であろうが、控えめな子であろうがそれに優劣はありません。性格はその人の宝です。私は変わっている人が好きです。それぞれの子供が自身のキャラクターや持ち味を十分に生かして、それでも堂々と社会を生き抜いてほしい、ということが私の願いです。